PADS の記憶-ユーザー編

テクスパートは 1989 年に基板設計受託業務によってビジネスを開始しました。そしてこの時使用したのが 16 ビットの初代 DOS 版の PADS PCB です。

PADS を購入する以前に、OrCAD PCB を購入しましたがとても仕事に使えるレベルのものではなく、また Protel Autotrax も評価しましたがベタの作成機能が弱く選定から外れました。

PADS の評価は、日本で最初にPADS の販売を初めたハイレル社から評価版プログラムを入手して行いました。幸運にもハイレル社とは、以前に在籍していた楽器会社での取引以来付き合いがありました。そして営業担当の方のご好意で非常にいいタイミングで PADS を紹介いただくことができました。

この PADS の評価版プログラムには、基板設計プロセス全般を網羅したチュートリアルが付属していました。これは非常に分りやすく書かれており、それまで PCB CAD を使ったことの無い私たちでも、CAD の機能と設計方法が理解できました。そして、このチュートリアルの中には、自信に満ちあふれたコメントがいくつか含まれていました。

その中に「PADS は他の安価のCAD とは一線を画する高度な製品ですので、決して他の安価なCADとは混同されないようように忠告します」という意味のくだりがありました。たぶん、Tango や Protel も似たような価格で販売されているが、PADS をこれらの安物といっしょにされては困るということを言いたかったのだと思います。トライアルの過程で、PADS の機能の素晴らしさもさることながらこのセールスコピーにも感動し、PADS の導入を即断しました。余談になりますが、このお気に入りのコピーは以後のProtel のセールスに転用し、たびたび使用させていただきました。

PADS PCB は、米国の CAD 販売店から購入しました。(紹介いただいたハイレルさんには大変申し訳ないことでした)当時米国では、PADS PCB の基本モジュールが 995 ドルで売られていました。しかしこれには拡張メモリ(EMS)のサポートと Geber 出力機能が含まれておらず、オプションを追加して仕事に使用できるレベルに拡張すると 2,000ドルくらいになりました。当時国内では、これに簡易オートルータを加えた 3,000 ドルくらいの構成のものが 1,450,000円で売られていましたので、3倍以上の内外価格差がありました。

そして私たちは、この 3,000 ドルで売られていた必要最小限の構成のもの 3 台と、4,500 ドルの SuperRrouer を購入して基板設計業を始めました。

導入後 PADS はすぐに立ち上がり、両面から 6 層程度の基板を中心に受注しました。設計技術が未熟な初期の段階で規模の大きい基板の設計を受注してしまい大変苦労したこともありましたが、PADS の機能上の問題で困ることはあまりありませんでした。また PADS プログラムは非常に手堅く作られており、斬新な機能が無い代わりにバグが少なく、非常に安定に動作しました。このように PADS は期待通りに稼動し、当時の相場だった 1000万円 のCAD を使っている同業者との競争にも負けることはありませんでした。

受注の際には PADS で設計困難な案件は避けるようにしていました。当時の PADS には、主に 16 ビットの制約により次のような能力不足がありましたので、難しい基板の受注を避ける事が必要でした。

(1) 分解能が 1 mil であり、ピン間 3 本の基板の設計ができない。 ただし、SuperRouter は 0.5 mil の分解能がありピン間3本の配線ができた。
(2) 4000ピンを超える大型基板が設計できない。 EMS をサポートしており、配線のセグメント数には制限は無いようでしたが、部品データは EMS によって拡張されたメモリエリアにマップできないようでした。このため QEMM386 でマウスドライバーその他をアッパーメモリブロックに退避させ、コンベンショナルメモリを最大化して使用していました。
(3) 円弧配線、円弧形状のベタエリアが作成できない。 2D ラインと呼ばれる電気属性を持たないオブジェクトでは円弧がサポートされていましたので、これを使ってごまかすしか方法がありませんでした。
(4) 描画速度が遅い。 これは、当時の非力はハードウェアではやむを得ないことでした。

その後 PADS は 32ビット化された PADS2000に移行します。これによりいままでの 16 ビットの PADS での制限が一挙に取り払われました。テクスパートでもこの新バージョンに移行し受注の範囲を広げることが可能になりました。しかしこの頃すでにビジネスを CAD 販売に移行していたため、基板設計業務を積極的に拡大することはありませんでした。

テクスパートでPADSを使用したのはこのPADS2000までです。その後 PADS2000 は Windows 版に移行し、さらにその後 PowerPCB が出現しましたが、テクスパートにとってこれらはすでに、単なる Protel の競合商品でしかありませんでした。

このように、PADS によってテクスパートは起業し、ビジネスの基礎を築くことができました。このような優れたCADが安価に提供されたことに対して大変感謝しています。そしてこれにめぐり合えたことはほんとうに幸運でした。もしこれが無ければ、テクスパートが Protel を販売することもなかったでしょうし、今このような与太噺を綴ることもなかったことでしょう。

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